今月の法語(令和七年五月)

仏さまというのは

向こうから私のところへ

いつも来ているはたらきです

―近田 昭夫『仏さまはどこにおられますか?』

法語の意味

 私たちは普段、「仏さま」を何か遠い存在のように考えてしまいがちです。けれども仏教では、迷いや苦しみを抱えた私たち一人ひとりのところへ自ら歩み寄り、常に呼びかけ、照らしてくださるはたらきこそが「仏さまの本質」だと説かれます。

 阿弥陀さまは、けっして私たちを見放すことなく、「あなたを救い、照らしたい」と、願いをもって常に私たちに働きかけてくださっています。「仏さまは私の方を向いてくださっている」、そう気づかされるとき、私たちは一人で生きているのではないことを深く感じられるでしょう。

副住職のお話

 新緑の美しい季節となりました。さわやかな風が吹き抜ける5月は、自然の営みがますます活発になり、心弾むような気分を味わう方も多いことでしょう。その一方で、新年度からの疲れやストレスが少しずつ蓄積し、「ゴールデンウィークも過ぎて、これからどう気力を保とうか…」と不安を抱えている方もいらっしゃるかもしれません。

 そんなときこそ、「仏さまというのは 向こうから私のところへいつも来ているはたらきです」という今月の法語をふと思い出していただきたいのです。つい、私たちは「仏さまに近づくには、何か特別な修行や努力をしなければならない」「しっかりお参りしないと仏さまにそっぽを向かれてしまう」と考えてしまいます。しかし本当は、私が頑張って仏さまにたどり着くのではなく、「あなたを救いたい」と願う阿弥陀さまが、私のそばへ来てくださっているのです。

 たとえば、悩んだり落ち込んだりしているとき、「誰にも理解してもらえない」「こんな自分を救ってくれるものなんてあるはずがない」と思ってしまうことがあるかもしれません。しかし、それでもなお、「南無阿弥陀仏」と称えたとき、心の中にほんの少しでも温かさや安心を感じる瞬間があるのではないでしょうか。

 それこそが、「向こうから私のところへいつも来ているはたらき」に触れているということです。私が自分でつかみ取ろうとしたわけでもないのに、ふと手を合わせ、声に出してみたお念仏の中に、不思議な明るさや安堵を得る――そこに阿弥陀さまの優しいまなざしが宿っている証なのです。

 日常の中で私たちは、さまざまな行き違いや摩擦、あるいは自分自身の力不足に気づかされて、「もう投げ出したい」「誰も助けてくれない」という気持ちになることもあります。しかし、仏さまはいついかなるときにも、「私があなたを照らし、支えたい」と願いながら、すでに私たちに寄り添っておられるのです。そのことを思い出すだけで、肩の力がすこし抜け、気持ちに余裕が生まれるのではないでしょうか。

おわりに

「仏さまというのは 向こうから私のところへいつも来ているはたらきです」

 この5月の法語は、私たちがどんな姿であろうとも、「あなたを見捨てない」という仏さまの大いなるはたらきを示しています。自分の思うようにいかない日々の中でこそ、「向こうから来ている光」を感じてみたいものです。きっと、「ひとりではない」という心からの安心を得られることでしょう。 

 次回も、法語をもとにしたお話を通して、日々の暮らしで生じる迷いや不安とどう向き合い、仏さまの救いをいただいていけるのかをご一緒に学んでまいりたいと思います。ぜひ、お寺にお参りいただき、お念仏のご縁を共に味わいながら過ごしましょう。皆様のご参詣を心よりお待ち申し上げております。

※ この「今月の法語」は毎月更新いたします。