葬儀と聞くと、読経や焼香などの本式典を思い浮かべがちですが、その前にも大切な儀式があります。その代表的なものが「湯灌(ゆかん)」と「納棺(のうかん)」。これらは故人への最後の身支度とも言われ、亡くなった方をできる限り清らかな姿で送り出すために行われます。本記事では、それぞれの意味や流れ、そして浄土真宗の視点から見た葬儀前の儀式について解説します。
1. 湯灌(ゆかん)とは?
「湯灌」は、故人の身体を洗い清める儀式のことです。古くは「行きの旅支度」として、遺体を水で清め、身支度を調えるという意味合いがありました。現代では葬祭業者や湯灌専門のスタッフが、専用の湯灌車や会場で執り行うことが多いです。
以下のような特徴があります:
- 身体を拭き清める: 遺体を沐浴させる、またはタオルで拭き上げる形で清潔にする
- 死化粧: メイクや髪を整え、生前の故人らしさを再現する
- 着替え: 故人が着る服を葬儀用の装束や愛用の衣服に変える
湯灌は宗教的というよりも実務的な処置や故人への敬意を表す行為であり、遺族の精神的な区切りとしても重要です。
また、かつては遺体を水で洗い清める「湯灌場」が寺院近くに用意される場合もありましたが、近年は自宅や式場で行うことが一般的になっています。
2. 納棺(のうかん)とは?
「納棺」は、文字通り故人を棺に納める儀式です。
多くの場合、湯灌の後に行われ、故人の体を布団や枕などで整えつつ、遺族の手助けや業者のサポートで棺に安置します。
納棺時に注意しておくポイントとしては:
- 副葬品: 故人が生前に愛用していた品物(小物や手紙など)を棺に入れることがあるが、火葬が困難なもの(金属・ガラスなど)は避ける必要がある
- 服装: 湯灌時に整えた衣装のまま、もしくは白装束や故人の思い入れのある服を着せるケースもある
- 納棺の合掌: 遺族が棺に近づいて、合掌や念仏を唱えることで故人を偲ぶ
納棺は、「これで故人が本格的に旅立ちの準備を整えた」という家族側の心の区切りにもなるため、感情的にも大きな意味を持ちます。
3. 他の葬儀前儀式
湯灌や納棺以外にも、地域や宗派によって葬儀前の儀式が行われることがあります。たとえば:
- 枕経(まくらぎょう): 故人を安置した直後に、僧侶が読経する儀式
- 枕飯(まくらめし): 故人の枕元にご飯と箸を供える風習
- 死化粧: 専門業者や遺族がメイク、髪のセットを行い、故人の美しい姿を保つ
- 釘打ち: 棺の蓋を閉じる際に家族が釘を打つ習慣(他宗派や地域による)
浄土真宗の考え方では「魂はすでに阿弥陀如来に迎えられている」ため、こうした所作が故人の成仏を助けるわけではありません。しかし、遺族が故人を敬い、弔う気持ちを表すための大切な行為とされる場合が多いです。
4. 浄土真宗の「他力本願」から見る湯灌・納棺
浄土真宗では、故人が「亡くなった瞬間に阿弥陀如来の光に包まれ、往生が定まる」と考えるため、湯灌や納棺が成仏のために必須というわけではありません。むしろ、
- 故人をできる限り美しく送り出す
- 遺族が心を込めて葬送に臨む
といった実務的・感情的な意義が大きいといえます。
「他力本願」を意識すれば、「自分だけの力で故人を成仏させる」というプレッシャーから開放され、遺族や業者のサポートを受け入れながら焦らず穏やかに準備を進められるでしょう。
5. 実際の流れ:葬儀前儀式の例
一般的な葬儀の流れに沿って、湯灌・納棺などがどのように組み込まれるかを簡単にまとめると:
- 枕経・枕飯: 故人を安置した後、僧侶が読経(枕経)、枕元にご飯を供える(枕飯)
- 湯灌: 専門スタッフが故人の身体を清め、死化粧や着替えを行う
- 納棺: 仕上げた姿で棺に納める。必要な副葬品を入れる
- 通夜・葬儀: 故人を送り出す本式典。参列者の焼香や僧侶の読経など
浄土真宗の教義では、「人が亡くなると同時に往生」と見なすため、湯灌・納棺はあくまで故人を美しく整える行為となり、成仏の儀式ではありません。しかし、敬意を込めて行われることに意味があるといえます。
まとめ:湯灌・納棺は故人を美しく送り出すための準備
- 湯灌: 故人の身体を清め、死化粧を施す。
葬儀前に行う身支度であり、遺族の気持ちの整理に大きな役割を果たす。 - 納棺: 棺に故人を安置する。
副葬品を一緒に入れ、最期の旅支度を整える。 - その他の儀式: 枕経、枕飯、釘打ちなど地域や宗派ごとに異なる所作がある。
- 他力本願: 「成仏は阿弥陀如来の力による」と考え、湯灌や納棺は故人への敬意や遺族のための準備と位置づけられる。
湯灌や納棺などの葬儀前儀式は、故人が成仏するためというよりも、遺族が心を込めて送り出す準備として重要です。浄土真宗の視点からは「人は亡くなった瞬間に阿弥陀如来の光で救われる」ため、これらの儀式が直接「故人の成仏」を左右するわけではありません。
しかし、他力本願の発想を取り入れることで、「すべてを自力で完璧にしなくてもいい」「故人を思う気持ちが大切」と心が軽くなり、家族が協力し合いながら葬儀を穏やかに進められるでしょう。
参考資料
- 『教行信証』 親鸞 聖人
- 『歎異抄』 唯円 著
- 葬儀に関する各種実用書・葬儀社のガイド
- 浄土真宗本願寺派・真宗大谷派 公式情報