1. はじめに:お盆とは何か
日本の夏を代表する仏教行事の一つが「お盆」です。一般には先祖の霊を迎えて供養を行う期間とされ、家庭や地域での儀礼・行事が多く行われます。
ただし、宗派によってはお盆に対する考え方や儀礼の内容が異なります。特に、浄土真宗においては、亡くなった方々は阿弥陀如来の本願によってすでに往生しているため、「先祖がこの世に戻ってくる」という考え方はあまり強調されないのが特徴です。
それでもなお、多くの真宗寺院や門徒家庭でも、お盆に関連して棚経(たなきょう)や迎え盆・送り盆といった行事が行われることがあります。今回は、浄土真宗の視点から見たお盆の意義と、棚経や迎え火・送り火の扱いについて解説します。
2. お盆の由来:盂蘭盆経に基づく説
お盆(盂蘭盆会)の由来としては、『盂蘭盆経』に説かれる「目連(もくれん)」という高弟のエピソードが有名です。目連が亡き母の苦しみを知り、釈尊の教えに従って多くの僧侶に供養を行ったところ、母が救われたという筋書きがその背景とされています。
日本では、この考えをもとに、お盆は先祖の霊に供養を捧げる行事として発展。江戸時代に寺檀制度が確立すると、全国的にお盆の行事が庶民にも広がり、現代に至るまで夏の風物詩として根付いています。
3. 浄土真宗のお盆観:先祖の霊はすでに往生済み
浄土真宗の教えでは、「亡くなった方々は阿弥陀如来の本願力によってすでに浄土に往生している」と捉え、「この世に戻ってくる霊を迎える」という発想をあまり重視しません。
にもかかわらず、多くの真宗寺院や門徒家庭でもお盆の時期に法要を行い、先祖への感謝を示す習慣は続けられています。これは、霊が帰ってくるからというよりは、先祖が既に仏となっており、そのご縁に感謝する仏事として意味づけられているのです。
4. 棚経(たなきょう)とは:お盆の家庭訪問法要
棚経(たなきょう)とは、お盆の時期に僧侶が門徒家庭を巡回し、小さな法要を営むことを指します。俗に「棚経回り」などとも言われますが、これは家庭の仏壇や精霊棚の前で短い読経を行い、亡き方々への感謝と念仏の功徳を共有する儀式です。
元来、「精霊棚」を設けて先祖の霊を迎える意義が強かった棚経ですが、浄土真宗の場合は「すでに浄土に往生している先祖へ感謝する」というニュアンスがより強くなります。僧侶が訪問することで、門徒と寺院の結びつきが深まり、普段はあまりお寺に来ない家庭にも仏縁を届ける機会となっています。
4-1. 棚経の内容
実際の棚経では、短い読経(主に『正信偈』や『重誓偈』など)が唱えられ、その後に僧侶が「御文章」や簡単な法話をするケースもあります。時間は家庭ごとに数分〜十数分程度で、僧侶は一日に多くの家を回るため、スケジュール調整も大切。
門徒側は家を掃除・整頓し、仏壇とその周辺を整え、お茶などを用意して僧侶を迎えるのが一般的です。また、お布施を準備し、感謝の気持ちを伝えます。
5. 迎え盆・送り盆:真宗ではどう扱うか
迎え盆や送り盆、いわゆる迎え火・送り火の習慣は、「先祖の霊がこの世に戻ってくる」という民間信仰が背景にあります。しかし、浄土真宗の教義では繰り返すように、亡き方々は往生して仏になっているため「霊が戻ってくる」という考えは重視されません。
とはいえ、地域の伝統行事として迎え火・送り火を行う門徒家庭も存在します。これは純粋に文化・風習として継承している場合が多く、寺院や宗派として積極的に推奨するものではありませんが、否定もしないというスタンスです。「仏教行事」というよりは「民俗行事」として行う意識を持つ人が少なくありません。
5-1. 照合:お墓参りや初盆法要
浄土真宗でも、お盆の時期にお墓参りをする習慣は一般的です。ただし、その目的は「霊を迎える」よりも、ご縁への感謝と先祖供養という意味合いが強くなります。新たに亡くなった人の初盆法要(初めてのお盆)では、親戚や友人が集まり、大きな法要を営むこともありますが、この際も「来世と現世の往来」の発想はあまり強調されません。
6. 浄土真宗の教義から見るお盆の位置づけ
まとめると、浄土真宗ではお盆を、「先祖の霊をこの世に呼び戻して供養する」というよりは、「すでに浄土へ往生した方々を敬い、仏法の教えを改めて学ぶ時期」として捉えています。阿弥陀仏の他力本願のおかげで既に往生が成就している先祖に思いを馳せると同時に、自分自身の信心を深める機会にもなるのです。
そのため、お盆の行事は本来、「迎え火や精霊棚」という民間信仰要素よりも、寺院での法要や棚経、墓参りなどを通じて、仏法への感謝と念仏の心を再確認する場として生かされることが多いのです。
7. 実践的ガイド:真宗門徒がお盆にすること
1. 棚経の受け入れ
お寺の住職が棚経に来てくださるなら、きちんと掃除を行い、仏壇を整えて迎えましょう。
2. お墓参り
「先祖を呼び戻す」というよりは、既に浄土に生まれ仏となった故人への感謝として、墓参りを行いましょう。
3. お寺の法要への参加
お盆の時期に、地域の寺院で法要が営まれることも多いです。そこに参加して、念仏と法話を聞くことで、自分の信仰を深めるよいチャンスとなります。
4. 精進の心で過ごす
特別な行や戒律はないものの、日常の中で「南無阿弥陀仏」を称え、命を大切にする気持ちを持つのが、真宗の教えに沿ったお盆の過ごし方です。
8. 他宗との比較:先祖供養に対する姿勢
他宗(特に浄土宗や天台宗、日蓮宗など)では、「先祖の霊が帰ってくる」という民俗的要素を積極的に取り入れることが多いです。迎え火や送り火、精霊馬、盆踊りなど、地域ごとにさまざまな風習が展開されます。
浄土真宗では、他力本願によって往生が完成していると考えるため、霊が往来するという思想をあまり重視しません。とはいえ、社会の一員として地域のお盆行事に参加する真宗門徒もおり、「民俗行事としての参加」と「仏教教義としての捉え方」を分けて理解するケースが見られます。
9. まとめ:真宗ならではのお盆の意義
浄土真宗の教えに基づくお盆の過ごし方は、「先祖が浄土からこの世に帰る」というよりは「浄土へ往生された方々に感謝し、自分も同じ他力本願の救いに包まれている」ことを再確認する時間と言えます。
念仏を称え、阿弥陀如来の力に支えられて生きている自覚を新たにする——これこそが真宗のお盆の核心的意義です。棚経や墓参りを通じて、故人を敬いつつ自分の信仰を深める行事として、お盆を捉え直すことで、日常がよりいっそう仏法に照らされるものとなるでしょう。
参考資料
- 『歎異抄』 唯円 著
- 『教行信証』 親鸞 著
- 『御文章』 蓮如 上人 著
- 各寺院発行の「お盆」案内パンフレット
- 浄土真宗本願寺派・真宗大谷派 公式サイト