1. はじめに:報恩講とは何か
浄土真宗では、宗祖・親鸞聖人の祥月命日(旧暦11月28日)にちなんだ法要「報恩講(ほうおんこう)」が最大の行事とされています。念仏の教えを示してくださった聖人への感謝と、阿弥陀如来の本願に対する「報恩」の想いを形にする場として、全国各地の寺院や在家で盛大に営まれるのが特徴です。
浄土真宗には主に本願寺派(西本願寺)と真宗大谷派(東本願寺)の二大教団があり、それぞれが本山を中心に報恩講を行っています。ここでは、報恩講の基本的な意味は両派で共通しつつも、歴史的経緯や儀式の進め方における違いについて整理してみましょう。
2. 本願寺派と真宗大谷派の概要
本願寺派(通称:西本願寺)は京都市下京区の「龍谷山 本願寺」を本山とし、蓮如上人以降の教団整備を経て現在の組織へと発展しました。一方、真宗大谷派(通称:東本願寺)は京都市下京区の「真宗本廟(東本願寺)」を本山とし、本願寺分裂(江戸時代初頭)によって成立した流れを汲んでいます。
いずれも親鸞聖人を宗祖とし、阿弥陀仏の他力本願による救いを基本教義としていますが、運営方針や歴史的背景の相違から、儀式・儀礼・組織面で細部に差異が見られます。
3. 報恩講の基本的な流れ
両派とも、報恩講は以下のような流れで行われるのが一般的です:
1. 法要:正信偈や恩徳讃などを唱え、親鸞聖人と阿弥陀如来への感謝を表す。
2. 法話:住職や法話師が、聖人の教えや念仏の意義について説く。
3. お斎(おとき):精進料理を中心とする食事を振る舞い、門徒同士が交流する。
4. その他イベント:稚児行列、展示会、音楽法要、青年会活動など、寺院や地域ごとに工夫されたプログラムが追加される場合もある。
こうした骨格は共通しながらも、具体的な式次第や読経の所作、日程などに若干の差が見られます。
3-1. 時期と期間
親鸞聖人の命日(旧暦11月28日)に合わせて、本願寺派(西)は11月下旬に大報恩講が営まれることが多いですが、各地方の寺院では12月や翌年1月にかけて時期をずらして行うことがあります。
真宗大谷派(東)は、同じく11月下旬に「報恩講」を行う場合が多いですが、やはり地方の事情や寺院の都合で日程を調整するケースがあります。一般的に数日~1週間程度の法要期間を持つ点は両派共通です。
4. 儀式・読経の違い
報恩講で行われる儀式や読経は、両派で大きくは変わりませんが、細部の進め方や楽器の使い方に違いがあると指摘されることがあります。例として、以下のような差異が見られる場合があります:
– 読経の旋律や節回し:西本願寺系と東本願寺系で微妙に異なる“お勤め”の節があり、旋律やリズムが変わることがある。
– 荘厳具(装飾や仏具)の配置:本堂の内陣や御影堂の設えに若干の違いが見られ、本願寺派は「鴻巣形」、真宗大谷派は「須弥壇形式」などといった歴史的分岐がある。
– 式次第や案内文:報恩講に来た参拝者に配られる経本やパンフレットの表現が異なる場合があるが、中身の教えは共通して親鸞聖人と阿弥陀如来の本願を説く。
5. お斎(おとき)の準備の仕方
報恩講で振る舞われるお斎(精進料理)の準備方法やメニュー構成も、西本願寺派と東本願寺派で大きな違いはありません。どちらも殺生を避けた精進料理が基本となり、門徒の協力によって大量の料理を用意することが多いです。
地域性によって味付けや食材の組み合わせが変わるため、地域ごとの特色が出やすい部分でもあります。西・東ともに、親しみやすいメニュー(煮物、和え物、炊き込みご飯など)を中心に、参加者同士の交流を深める時間となります。
6. 歴史的背景:本願寺の分裂と報恩講
江戸時代初頭の本願寺分裂(1602年)によって、豊臣秀吉の政治的意図も絡み、西本願寺(本願寺派)と東本願寺(真宗大谷派)が成立しました。
それ以降、両本願寺は独自に教団組織を整え、それぞれの本山を中心に報恩講を営むようになります。歴史的には、幕府との関係や門徒の地域分布の違いにより運営形態や文化が微妙に変化しましたが、親鸞聖人への報恩や他力本願の教えという点は変わりません。
7. 現代的視点:宗派間交流と共同法要
現在では、本願寺派と真宗大谷派の対立意識はほとんどなく、むしろ交流や共同イベントを行うケースも見られます。世界的には、両派を含めた真宗教団が国際的に布教活動を進めていることもあり、報恩講の行事は海外の門徒にも広がっています。
両派の報恩講に相互参加する門徒も増えており、教義や式次第の違いを見比べることで、より深く阿弥陀如来の教えを感じるといった学びの場も生まれています。
8. 具体的な違いの例:式名や読経方法
1. 式名の呼び方
– 本願寺派(西):報恩講を「御正忌報恩講」と呼ぶことがある。
– 真宗大谷派(東):同じく「御正忌報恩講」と称する場合もあるが、寺院によっては「伝道院報恩講」など別名を用いる場合もある。
2. 読経のリズム
– 正信偈や恩徳讃の節回しが、両派で微妙に違う。
– メロディラインや拍子が変わり、耳慣れたものと少し異なる印象を受ける。
ただし、これらの違いは大きな本質的相違というよりは歴史的・音律的な変化といえるため、共通点のほうがはるかに多いのが実情です。
9. まとめ:報恩講は一つ、姿は二つ
本願寺派(西本願寺)と真宗大谷派(東本願寺)の報恩講には、歴史的背景や儀式の細部、読経の節回しなどに若干の違いはあるものの、親鸞聖人への報恩、阿弥陀如来の本願による救済を再確認するという目的は共通しています。
大掛かりな法要の準備やお斎の用意など、多くの門徒が協力して成功させる姿は、どちらの教団でも変わらない光景です。そこにあるのは、「同じ他力本願を分かち合う仲間」としての絆と言えるでしょう。報恩講の違いを見比べることで、浄土真宗の多様な面に触れられると同時に、親鸞聖人への感謝という核がぶれないことを改めて感じる機会となります。
参考資料
- 『教行信証』 親鸞 聖人 著
- 『御文章』 蓮如上人 著
- 『本願寺史』 本願寺派 出版
- 『真宗大谷派史』 真宗大谷派 出版
- 両本願寺 公式サイト・報恩講案内資料