ミャンマーやスリランカなど海外の上座部仏教との対比

目次

はじめに

日本では、仏教といえば浄土真宗や禅宗など、大乗仏教系統の諸宗派が広く信仰されてきました。一方、東南アジアでは上座部仏教(テーラワーダ仏教)が主流となっています。上座部仏教は、ミャンマー(旧ビルマ)やスリランカ、タイ、ラオス、カンボジアなどで発展しており、その修行法や僧院文化、社会への関わり方は、大乗仏教の日本仏教とは大きく異なる面を持っています。本稿では、上座部仏教の特徴を概観しつつ、日本の浄土真宗をはじめとした大乗仏教との違いを見比べ、現代において私たちが学べる点や新たな気づきを探ってみます。

1. 上座部仏教とは

上座部仏教は、仏教の初期教団の伝統を比較的色濃く残しているとされ、ビルマ(ミャンマー)、スリランカ、タイ、ラオス、カンボジアなどで信仰される宗派を総称する言葉です。以下のような特徴が挙げられます。

  • パーリ語を経典・儀礼の基準とする
  • 厳格な比丘(僧侶)中心の戒律(ヴィナヤ)を重視
  • 悟り(解脱)を目指すための瞑想修行が盛ん
  • 大乗仏教のような観音菩薩信仰などは少なく、ブッダを中心に祈る

上座部仏教の僧侶は托鉢(たくはつ)によって生活を営むことが一般的であり、信徒が献げる食事で一日を賄う姿は、東南アジアの日常風景の一部となっています。

1-1. パーリ仏典を基礎とした正統性

上座部仏教では、「パーリ三蔵」と呼ばれる経典(スッタ・ヴィナヤ・アビダンマ)を正典とみなし、ブッダが説いた教えを直接的に学ぶことを重視します。ブッダの言葉を当時の言語に比較的近い形で伝えているという意識があり、「初期仏教の正統」を自負する伝統が息づいているのです。

2. ミャンマーやスリランカの仏教文化

ミャンマースリランカは、上座部仏教の中心地として長い歴史を持っています。それぞれの国で仏教は社会生活に深く根付いており、政治や教育、行事などにも仏教が大きく関わっています。

2-1. ミャンマー:瞑想修行の盛行

ミャンマーでは、瞑想の修行を行う僧院(パオ森林僧院マハシ僧院など)が世界的に有名です。海外からも多くの行者や研究者が訪れ、数日から数週間に及ぶ瞑想リトリートに参加します。ヴィパッサナー瞑想を中心とした修行法は「気づき」と「観察」を重視し、心と身体を深く見つめることで苦しみの根本を理解しようとします。
ミャンマーの社会では、僧侶の地位が高く、男性は一度は出家して僧院生活を体験するという習慣がある地域も少なくありません。政治的には複雑な事情もあるものの、広範な民衆の信仰が仏教コミュニティを支えていると言えます。

2-2. スリランカ:ブッダガヤからの正統継承

スリランカは、仏教伝来のエピソードとしてアショーカ王の時代にインドから仏教が伝えられたと言い伝えられており、「テーラワーダ仏教の正統」を維持してきました。スリランカの仏教僧はシンハラ族の文化と強く結びつき、何世紀にもわたってパーリ三蔵を受け継いできたとされます。
近年、長期の内戦など政治的混乱を経て、観光客の増加やグローバル化が進む中でも、仏教行事(ポヤデーなど)や地方の僧院での活動は衰えず、多くの人々の生活に深く関わっています。

3. 大乗仏教(日本仏教)との比較

上座部仏教は初期仏教を源流として発展しましたが、日本の仏教は主に「大乗仏教」を受け継いでいます。ここでは、浄土真宗や浄土宗などを含む日本の伝統宗派との主な違いを見てみましょう。

3-1. 菩薩信仰と悟りの目標

大乗仏教では、「菩薩」が重要な位置を占め、観音菩薩や地蔵菩薩への信仰が広く行われます。浄土真宗でも「阿弥陀仏」への信仰が中心であり、他力本願による救いを強調します。一方、上座部仏教ではブッダ(仏陀)に対する帰依はあるものの、菩薩信仰は相対的に小さく、行者自身が「阿羅漢」となって解脱を目指す姿勢が強調されます。

3-2. 戒律と僧侶の生活スタイル

日本仏教では、鎌倉時代以降、肉食妻帯や在家的な僧侶のライフスタイルが公然と行われるようになりました(特に浄土真宗など)。一方、上座部仏教の僧侶は、厳格な戒律に基づいて托鉢を行い、一日一食(あるいは正午以降は食事しない)などの規則が遵守されることが多いです。この差は、修行や教団の形態に大きく現れます。

3-3. 信仰と社会活動の位置づけ

日本の浄土真宗では、他力本願による救済を強調しながら、社会との関わりにおいては近代以降、教育や福祉、平和運動などに積極的に取り組む動きが見られます。上座部仏教圏でも、僧侶が教育や福祉を担う例はありますが、伝統的には個人の悟りや出家修行を中心として発展してきた面が強いです。しかし近年では、ミャンマーやスリランカでも社会問題に積極的に関わる僧侶や僧院が増えており、この点は大乗仏教と共通する課題意識が高まっていると見ることもできます。

4. なぜ日本の仏教は念仏や菩薩信仰が盛んなのか

日本仏教が大乗仏教、特に浄土信仰や菩薩信仰を重視するようになった背景には、日本の歴史的・文化的なコンテクストが深く関係しています。平安末期から鎌倉時代にかけての混乱期に、多くの人々が「即時的かつ普遍的な救い」を求めていたところに、阿弥陀仏の念仏教えや観音菩薩信仰が浸透していったのです。

4-1. 浄土教と悪人正機

法然や親鸞が説いた念仏は、学問的修行や厳格な戒律を経ずとも、「南無阿弥陀仏」と称えるだけで極楽往生が可能だと強調しました。これは当時の貴族・学僧中心の仏教から、民衆仏教への転換をもたらします。「悪人正機」の思想は、人々に強いインパクトを与え、家族や地域社会を巻き込む宗教運動に発展していきました。

4-2. 比叡山や高野山の影響

また、日本仏教が大乗として発展した背景には、天台宗真言宗の影響も大きいです。比叡山や高野山での密教的要素、天台本覚思想などが相まって、菩薩行衆生済度に重きを置く方向へ進みました。東南アジアの上座部には見られない密教儀礼が日本では広く受け継がれ、観音菩薩や地蔵菩薩などへの信仰が盛んになったわけです。

5. 現代における互いの学び合い

上座部仏教と日本の大乗仏教(浄土真宗など)は、一見すると修行法も思想も大きく異なりますが、現代においてはグローバル化や海外留学などを通じて相互に学び合う機会が増えてきました。日本人僧侶がミャンマーやタイでヴィパッサナー瞑想を学んだり、逆に上座部の僧侶が日本の寺院を視察したりするケースも散見されます。

5-1. 瞑想ブームと日本仏教

欧米を中心に「マインドフルネス」が注目される中、日本の若い世代も瞑想に関心を持つ人が増えています。これに対し、上座部仏教の体系的な瞑想指導は大きな参考となるでしょう。日本の僧侶や在家信徒が、東南アジアの僧院を訪れ集中して修行を行い、その知見を日本の仏教コミュニティに還元する試みが行われています。

5-2. 日本仏教の社会活動の経験

逆に、東南アジアの上座部仏教僧侶の中には、日本の仏教が近代以降に行ってきた社会活動(教育・医療・福祉)に関心を持つ方も増えています。寺院が地域コミュニティの中心として、災害支援貧困対策にどう関わってきたかなどの経験は、ミャンマーやスリランカの僧侶にとっても学ぶところが多いとされています。

6. まとめ

ミャンマーやスリランカなど東南アジアを中心とする上座部仏教は、パーリ経典や厳格な僧院修行を基盤とし、瞑想戒律の遵守を重視する伝統を育んできました。一方、日本の浄土真宗や浄土宗などの大乗仏教は、念仏菩薩信仰を通じて、より庶民的かつ社会的な広がりを獲得してきました。
これらは決して対立するものではなく、それぞれが異なる社会や歴史の中で発展した仏教の多様性を示す事例と言えます。現代では、両者の修行法や社会活動の経験を相互に学び合う動きも出てきており、グローバル化情報化の時代において、仏教が新しい形で生きる可能性が広がっています。
日本の念仏者が上座部の瞑想修行を取り入れたり、上座部の僧侶が日本の社会活動モデルを参考にしたりする中で、私たちの仏教観も豊かに育っていくのではないでしょうか。相互尊重学び合いを通じて、仏教の教えがさらなる平和や人々の幸福につながることを期待したいものです。

【参考文献・おすすめ書籍】

  • スリランカ仏教:アショーカ王伝説を含む歴史書や英語文献多数
  • ミャンマー仏教:ヴィパッサナー瞑想に関するパオ森林僧院やマハシ僧院の著作
  • アルボムッレ・スマナサーラ『ブッダの実践心理学―怒り・悲しみをなくす方法』
  • 中村元『仏教思想史』(岩波書店)
  • (PHP研究所)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次