1. はじめに:おはぎとは何か
春や秋のお彼岸の時期になると、スーパーや和菓子店では「おはぎ」や「ぼたもち」が数多く並びます。どちらも基本的には同じもので、餅米やうるち米を半つぶしにしてあんこをまぶした和菓子です。春の彼岸には「ぼたもち」、秋の彼岸には「おはぎ」という呼び名が使われるのが通例ですが、地域や家庭によっては呼び方が変わらないところもあります。
浄土真宗をはじめとする多くの仏教宗派で、このおはぎ(ぼたもち)をお供えとして仏前に備える習慣があります。単なる「季節のお菓子」という側面だけでなく、お彼岸におはぎを供えることには、日本の仏教文化や民俗的背景が深く関わっているのです。
2. お彼岸とは:此岸から彼岸へ思いを寄せる行事
春分と秋分の時期に行われるお彼岸は、昼夜の長さがほぼ同じになるため、太陽が真西に沈むことから「西方極楽浄土を思う」好機とされてきました。仏教的には煩悩の世界(此岸)から悟りの世界(彼岸)へ渡る姿を象徴する行事であり、同時に日本では先祖供養や墓参りなどの習慣と結びつき、「ご先祖さまへの感謝」を表す民俗的行事として広く定着しています。
浄土真宗の場合は、先祖の霊が帰ってくるというより、すでに浄土へ往生している先祖に対する感謝と阿弥陀仏の本願を再確認する意味を強調します。そこにおいておはぎを供える風習が色濃く残り、仏前に感謝を示す定番のお供え物として定着しているわけです。
3. なぜお彼岸におはぎを供えるのか
おはぎ(秋)やぼたもち(春)は、以下のような理由でお彼岸に供えられると説明されています:
1. 季節感と材料
秋は小豆の収穫期であり、新鮮なあんこを作るのに適した時期です。自然の恵みをいただく形として、餅米やあんこを使ったおはぎが作りやすかった背景があります。
2. 食べやすく保存もきく
和菓子としては比較的日持ちがしやすく、参拝者や家族で分け合うにも便利な点が挙げられます。
3. 小豆の赤色に込められた意味
小豆の赤い色が邪気を払うとも言われ、民俗的な厄除けの意味が付与されていたとも考えられます。
4. 感謝と供養の象徴
おはぎは「つぶした餅米にあんこをまぶす」というシンプルな作りで、素材に対する命の尊さや感謝が込められていると解釈されます。仏前に供えてから家族や参拝者でいただくことで、先祖や仏とのご縁を深める意味もあるのです。
4. おはぎとぼたもち、春と秋で名称が変わる理由
俗説では、春に咲く「牡丹(ぼたん)」にちなみ春は「ぼたもち」、秋に咲く「萩(はぎ)」にちなみ秋は「おはぎ」と呼ばれると言われます。材料や作り方は同じでも、季節によって名前が変わるのは日本人の季節感を大切にする風土の表れとも言えます。
地域や家庭によっては、どの季節も「おはぎ」で通したり、すべて「ぼたもち」と呼ぶ場合もあり、必ずしも全国一律ではありません。ただ、寺院や和菓子店などでは季節に合わせて名称を変える習慣がよく見られます。
5. おはぎの作り方:簡単なレシピ
お彼岸におはぎを自宅で作りたいという方のために、簡単なレシピを紹介します。
■ 材料(10個分程度)
– もち米:1合
– うるち米:1合
– あんこ(市販の粒あん、または自家製):400~500g
– 塩:少々
■ 作り方
1. もち米とうるち米を合わせて洗い、通常よりやや少なめの水加減で炊く。
2. 炊き上がったら、飯切りやしゃもじで軽くつぶす。塩少々を混ぜると味が引き締まる。
3. 手を水で濡らし、適量のご飯を丸めて平らに整形。
4. あんこを広げ、その上にご飯の玉を置いて包む。表面を整えて完成。
5. あんこではなく、きな粉や黒ごまをまぶすバリエーションもおすすめ。
出来上がったおはぎは仏前にお供えしてから家族や参列者でいただきましょう。
6. 浄土真宗におけるおはぎの供え方と考え方
浄土真宗の教義では、「先祖がこの世に戻ってくる」という見方はあまり強調しません。むしろ「先祖は阿弥陀如来の本願によって既に浄土で仏となっている」とされます。それでも、お彼岸には墓参りや法要を行い、仏前におはぎや花を供える習慣があります。
これは「亡き方々が仏となって私たちを見守ってくださっている」ことへ感謝し、自分も念仏を称える身としてそのご縁を大切にする意識の表れです。おはぎは、その象徴として仏前に捧げられ、やがて参列者で分かち合うことで家族や門徒同士の絆を育みます。
7. おはぎを供える際の注意点
1. 保存性:
おはぎはもち米とあんこを使うため、夏場など気温が高い季節には傷みやすい点に注意が必要。長時間放置せず、早めに消費する。
2. アレルギーへの配慮:
小豆やきな粉など、アレルギーを持つ人もいるため、親戚や門徒に配る場合は事前に確認すると安心。
3. 供える期間:
仏前に供えたおはぎは、法要後や翌日までに下げ、参加者と分け合うことが多い。長く置いておくと品質が劣化しやすいので適宜処分や布施(配布)を行う。
8. 現代のおはぎ事情:市販品やアレンジ
現在ではスーパーや和菓子店などで気軽に市販のおはぎが手に入ります。手作りにこだわらない家では、忙しい時や大勢をもてなすときに市販品を活用し、仏前に供える家庭も多いです。
また、健康志向の高まりから砂糖控えめのあんこや、米粉を使ったおはぎなど、アレンジレシピも増えてきました。黒ごまや抹茶などでコーティングしたり、中に豆乳クリームを入れたりする独創的なおはぎも登場していますが、「感謝の心を込めて供える」という本質は変わりません。
9. まとめ:お彼岸におはぎを供える意味
お彼岸におはぎを供える背景には、日本の風土と仏教文化、そして民間信仰が複雑に重なっています。特に、浄土真宗の立場からは以下の点が重要です:
– 亡き方々は既に仏(菩薩)として往生しており、「先祖が帰る」というよりは「命のつながりと阿弥陀仏のご恩に感謝」する行為。
– おはぎは季節感や健康面で優れており、多くの人が喜んで食べられるシンプルな和菓子。
– 仏前に供えた後、参列者や家族で分かち合うことで同じ仏縁を共有し、互いの絆を深める。
このように、おはぎはお彼岸の時期に深い意味を持つ供物として愛され続けており、家族や門徒が共に食しながら、先祖や阿弥陀如来への感謝を新たにする大切な習慣となっています。
参考資料
- 『歎異抄』 唯円 著
- 『教行信証』 親鸞 聖人 著
- 『精進料理と和菓子の基本』 各種レシピ本
- 浄土真宗本願寺派・真宗大谷派 公式サイト
- 各地域の和菓子・おはぎ専門店資料