はじめに
多くの人が抱く「住職」のイメージといえば、寺院に常駐しながら法要や布教に専念する姿かもしれません。しかし、現代の日本では、平日は会社員として働きつつ、週末や夜間にお寺の住職としての役割をこなす人も増えています。いわゆる「兼業住職」と呼ばれるケースです。今回は、そんなある浄土真宗の「会社員住職」の方に密着してみました。朝から晩まで行う二足のわらじのリアルな生活はどのようなものでしょうか。意外な苦労ややりがい、そして家族や地域との関係など、興味深い話を伺いました。
1. 平日の朝:会社員としてスタート
1-1. 住職なのにスーツ姿で出勤?
Yさん(30代男性)は浄土真宗本願寺派のお寺の後継者として、「住職」の資格を得ていますが、平日はサラリーマンとして一般企業に勤務しています。
「朝起きてから、本堂で簡単にお勤め(読経)をして、すぐにスーツに着替えて出社の準備。両親や妻が本堂の掃除をしている横で、私はネクタイを締めて急ぎ足で家を出ます。家がお寺なので、外から見れば『住職さんが出勤!』という不思議な光景かもしれません(笑)。」
1-2. 通勤電車で“悪人正機”を思い出す
Yさんは朝の通勤電車の中で、浄土真宗のテキストや『歎異抄』の現代語訳などを読むことが多いそうです。
「会社へ向かうサラリーマンで混む電車の中で、悪人正機や他力本願に触れると、不思議と気持ちが落ち着くんですよ。仕事のストレスで心がささくれ立ちそうになっても、『自分だけの力じゃないんだ』と考えれば少し楽になりますから。」
2. 日中:オフィスでの業務と電話対応
2-1. 普通の会社員として働く日々
Yさんの勤務先はIT系の企業で、開発プロジェクトのマネジメントを担当しているとのこと。日中は会議や資料作成などに追われ、昼休みにもしばしば打ち合わせが入る忙しさです。
「会社の同僚には、自分が住職だと知っている人も多いけど、あまり特別扱いはありません。むしろ『法事の相談していい?』などと聞かれることもあって、時々雑談程度に仏事の話が出るくらいですね。私も普通にビジネスパーソンとして働いていますし、職場では特に『お坊さん』感は出さないようにしています(笑)。」
2-2. 寺からの連絡に対応する苦労
とはいえ、業務中にお寺に電話連絡が入ることも珍しくありません。
「『明日、お通夜をお願いしたい』とか、『今度の法要の打ち合わせを…』といった連絡が来ると、会社の休憩室や会議室を借りて対応するしかありません。急な法事が入るときは有給休暇を取ることもあるので、職場の理解が不可欠ですね。上司や同僚には『親の代を継ぐために住職見習いをやっている』と最初に説明しておきました。」
3. 帰宅後と週末:住職としての活動
3-1. 夕方からはお寺の顔に切り替わる
Yさんが会社から帰宅すると、そこはもう「お寺の住職」。夜に法座がある日は、そのまま作務衣や袈裟に着替え、門徒が集まる読経や説法の場を仕切らねばなりません。
「正直、体力的にはしんどい日もあります。でも、会社員モードから住職モードへ切り替えた瞬間、不思議と気が引き締まるんです。『阿弥陀仏の教えを、一緒に学ぼう』という心境に戻れるというか…。昼間の仕事で嫌なことがあっても、住職モードになると浄土真宗の教義を通じて心が洗われる気がしますね。」
3-2. 週末の法事・法要ラッシュ
週末になると、法事や法要、報恩講などで忙しくなるのが通例です。Yさんは「土日はまったくのフリーがない」と笑いますが、「意外と楽しいですよ」と続けます。
「法事で家族が集まり、念仏を唱える場を私がリードするわけですが、そこで人々の悲しみや喜びに触れ、逆に私も救われる気がします。平日とは全く違う社会貢献の形というか、『自分は僧侶として必要とされている』と実感できるからこそ、頑張れるんだと思います。」
4. 家族の理解と地域との関係
4-1. 家族が支える二足のわらじ
Yさんの家庭では、奥様と両親が協力してお寺の日常業務をフォローしてくれているそうです。
「私が会社員として働いている平日昼間は、両親や妻が門徒の来訪に応対したり、仏壇やお内仏のメンテナンスをしてくれる。本当にありがたいですよ。私だけで全部こなすのは不可能だし、まさに『他力本願』を実感していますね(笑)。」
4-2. 地域からの期待とプレッシャー
兼業住職をやっていると、地域の人から「大変だね」と同情されることもあれば、「若いのにようやるわ」と感心されることもあるそうです。ただ、その一方で、「もっとお寺に常駐してほしい」とか「急に頼みたいときどうするの?」と不安を口にするお年寄りもいるとか。
「そこは正直プレッシャーですね。私一人では無理だからこそ、寺院スタッフや他の僧侶仲間との協力体制を作っているんです。何かあっても誰かが対応できる仕組みを少しずつ整えてるところで、地域の理解が得られるよう説明を続けています。」
5. まとめ
「会社員住職の一日」は、朝はネクタイで出勤し、夜や週末は法要や法事をこなすという、文字通り二足のわらじ生活です。体力や精神面の負担は相当なものですが、「会社員モード」と「僧侶モード」を行き来することで、社会人としての広い視野や現場でのマネジメント力が強みになる場合もあるようです。また、浄土真宗の「他力本願」や「悪人正機」の発想を日常で実践することで、むしろ仕事のストレスを緩和したり、家族や地域との繋がりを深めたりすることに成功しているケースも珍しくありません。
現代では、寺院の後継者不足や住職の高齢化が問題視される一方、このような兼業住職の形態が増えていくかもしれません。多忙ゆえの苦労は絶えませんが、地域に根ざした寺院を維持し、社会人としての経験も同時に活かす姿は、仏教界と社会をつなぐ新しいモデルになる可能性を秘めていると感じます。
【参考文献・おすすめ情報】
- 各宗派の公式サイト:兼業住職を支援するガイドラインや事例紹介
- 『歎異抄』(岩波文庫版など):悪人正機や他力本願理解のために
- 『歎異抄をひらく』
- 親鸞聖人 著 『教行信証』:浄土真宗の教義を深く学ぶ